vol.23

また冬時間に変わる日がやってきました。
教会のすぐ近くに住んでいるので鐘が時間を知らせてくれます。
朝の8時から夜の10時まで15分おきに鳴っているのです。
ラジオでも時間を確認して、ほっと一息、ちょっと得した気分の日曜日が始まりました。
その日はFIAC(Foire Internationale d'Art Contemporain)の最終日でした。入場パスを友人からもらったので、まずはルーブルの会場に出かけてみると、長蛇の列。
もう一つの会場であるグランパレの方に行ってみました。入れたは良いけれど、ものすごい人ごみです。
日曜日の午後だから、おそらく一番込み合った時間帯だったのでしょう。一周して、すぐルーブルの方にもどりました。あいかわらずの人ごみで、ちらっと入って見て出てきてしまいました。
ちゃんと入場料を払うと25ユーロです。約3000円。パスをもらっていたからよかったけれど、そうでなければ、ちょっと悲しいなぁと思いながら会場をあとにしました。作品を見たというよりも、人ごみの中で、ぶつからないように歩きまわったという感じです。幸い好きな作家の作品を数点見れたのですけれど,,。
帰ってポッドキャストしていた FIACについて語っているラジオを聞くと Foire(展示会、見本市)だから、美しく会場を作り上げるというのとはまた違うと言っていました。なるほどです。ゆったりと作品を鑑賞するのはギャラリーとか美術館に足を運べば良いのです。
ただ、国際的な展示会なので、フランス以外のギャラリーのものも見れます。そして、パリで毎年開催される重要なアートのイベントでもあります。ちょうどあちらこちらで経済恐慌がささやかれている時期でもあります。そんな中で、すぐアート業界は影響を受けるのではないかと言われていたらしいのですが、今年は良い実績があったとも聞きました。 経済はよくはわからないけれど、少なからずとも日々の生活で影響を受けています。そして,海外にいることもあり,為替についてもよく気にかけています。 何がどうなって変化するんだろう、、?といろいろ考えるのですけれど、宇宙のように果てしないもののように感じます。
果てしない方向に気をとられているとちょっと不安になりがちですが、日々の生活はここにあります。そう思うと、いま目の前でおこっていること、ささいなことが大切なのではないかなぁと。
そんな日々の中で感じるものを追求していくことが大切かなと思っているのですが、ちょうど今、グループ展に参加しています。パリ生活、アーティスト生活の大先輩でである友人のイシイさんが誘ってくれて実現しました。
場所はパリの14区にあるギャラリーです。
イザベルさんとダヴィッドさんの二人が運営しているアトリエ兼ギャラリーで、彼らの作ったものも売られていたり、建築のお仕事もされています。
ヴィラアレジアという小道、近所の方もたくさんいらして、とてもいい雰囲気です。この道はかつて、多くのアーティストのアトリエがあった場所なのです。ちょうどイサベルさんが商品として作っているテーブルクロスやエプロンにこのヴィラのイラストが描かれているのですが、そこには建物のイラストとアーティストの名前が記されています。
マチス、レジェ、ピカソ、、、今も彫刻のアトリエがあったり、有名な写真家が住んでいたりするようですが、気さくな感じで近所の人が挨拶をして通っていきます。
こうやっていろいろな人に出会って、作品を見てもらうのは何よりも良い刺激になります。そしてまた頑張ろうと思うのです。


森田幸子 profile 高校、大学と美術系、98年に渡仏。ナントのボザールを卒業してパリに住み始める。創作活動をしながらささやかな日々を楽しんでいる。

夏休みも終わり、新学期です。9月に入り、パリにも活気がもどってきました。
ギャラリーも新しい展示が始まって少しずつ足をはこんでいます。
自分のプロジェクトも動き始めて、早く夏休み気分から抜け出さないとと思うばかりです。
そう言いながらも先週末は急遽サンマロへ行ってきました。8月の始めにも1週間ほど滞在させてもらったのですが、今回は友人の誕生日を祝うためです。あまりに急だったのでちょっとむりだなぁと思ったのですが、“じゃあ今晩ね”と電話を切られてしまうと、えっ、じゃあ行こうかな、、、と言う風に。それから10数分で鞄に身の回りのものを詰め込んで出発しました。4時間半、自分で運転はしませんでしたが移動するということは疲れます。着くとやはり、海へ直行です。夕暮れ時の誰もいない浜辺にザザーンとよせる波、そこにいるだけで何とも言えない感動です。海を見るって、地平線を見るって、なんだかジーンとするのです。疲れやら、細かいことやら、心のわだかまりやらがすーっと消えていくような気がしました。
一ヶ月前はまだ気温も高く、一日に何度も泳ぎにきていました。今回はもうすっかり秋の空気です。長靴で海辺を歩きました。それにしても海を近くに感じながら暮らすのはとても心地が良いものです。
パリに戻って、先日観た2つの作品展はこの夏の延長のような気分にさせてくれました。一つはMarylene Negro、ギャラリー奥へ進むと、マルグリット・デュラスのテクストをもとにした映像の作品がありました。この背景にザザーンと押し寄せる波の音を聞いたのでした。暗い部屋で写し出される文章を読みながら、その作品を味わいました。もう一つは Yiorgos Kordakisというギリシャ出身の作家の“Global Summer”。ポワーンとした海辺の写真です。ポラロイドをスキャンしたものを大きく引き延ばした作品です。独特の空気感がほんわかとさせてくれます。
先々週は偶然、友人の家のテレビで”ぼくの伯父さんの休暇”を観ました。東京で観て以来ですから10数年ぶりだと思います。今とはまた違ったバカンスの風景ですが、それがなんとも素敵でした。
ユロ氏のユーモワもおかしくて、こちらもほんわかとした気分にさせてくれました。
そういえば、ジャック・タチの映画のCDを持っていたことを思い出しました。ここ数日、懐かしむように聞いています。思えばこのCDを手にしたのも、ジャック・タチの映画を初めて観たのも、まだフランスに足を踏み入れる前です。あれから考えるとずいぶん近いところにいるように感じますが、あの古き良き時代ってもうないのだなと思います。そう言う時代があっての今ですが、とても尊いもののように感じます。
この9月で在仏10年になります。振り返ると10年間いろいろありましたが、長いようで短い、不思議な時間の経ち方のように感じます。これは母国を離れて暮らしていたからと言うことだけなのかよくわかりませんが、、、どちらにしても、近くから、遠くから、あらゆる方法で私を支えてくれた人達にありがとうを言いたいです。
vol.20
vol.21








2009年を迎えました。また新しい年が始まるのだと思うとたくさんの可能性を感じて嬉しくなります。一年のどこを切り取ってもそんな思いを持ち続けられるといいなぁと思います。 ここ数日はものすごく寒く、地面は凍り、それでもと思い立っては自転車で出かけますが、あまりの寒さに顔が痛いくらいなのです。路上にいる人、外で働く人は本当に大変だろうと思います。
フランスではお正月休みという感覚があまりないようで、文化省で働く友人は1月2日から普通に働いていました。クリスマスに1週間休みをとったから,,と言って。そういうものなのでしょうか。お正月と理由づけてのんびりしてないで、私も心を新たに活動を始めようと、思ったのでした。
今日は、年末に行こうと思っていて行けなかった狩猟自然博物館に行ってきました。好きな博物館のベスト3に入りそうなくらい気に入りました。いままでモ 狩猟モという言葉に惹かれることがなかったので、友人に勧められなければなかなか足を運ばなかっただろうと思います。剥製や、狩りのための道具、動物や自然にまつわるものが展示されているのですが、展示のされ方、部屋の作り,階段の手すりなど細部も魅力的です。以前ここに書いたヤン・ファーブルなど、現代アートの作家の作品も取り込んでいる点も注目です。定期的に企画展があるのですが、今回はTania MOURAUDという作家の作品が展示されていました。ベルギー近くのアルデンヌでのレジデンス中に作られたビデオと音の作品が地階にありました。とてもエネルギッシュな作品でした。後で調べると彼女は1942年生まれということです。作品からは正直言って想像しませんでした。年なんて関係ないかもしれませんが、60代でこんな作品を作るなんて、すごくかっこいいなぁと興味を持ちました。
この博物館はじっくりと時間をかけて細部まで観ることが大切な気がします。噛めばかむほど味わえるのです。引き出しがあれば開けてみて、ボタンがあれば押してみる。鳥の声が聞けたり、開けた引き出しにはなんと動物の糞が(!)入っていたり、、おもわず笑ってしまいましたが。 動物(例えば、兎、ふくろうなど)をテーマにして一つの 棚ようなものにいろいろなものが集められています。ふくろうの棚ならふくろうのドローイングや、作家によってかかれた文章や詩、オブジェ、たまご、など。その一部にふくろうの糞までちゃんと展示されていました。それを見つけて、他の動物はどんなのかなぁと、兎や、狼など比較したりして,楽しみました。丁寧に細部にもこだわった展示ですが、展示されている道具や小物なども 本当に手の込んだ作りの装飾がほどこされていて、狩りという一つの文化の深さを知りました。
絵画では15世紀のものから、道具は16世紀くらいのものから展示されていましたが、時に新しいものを取り入れていて、それがアクセントになっています。話す白イノシシ、陳列棚の隅にちょこっと置かれている説明用の小さな画面や、ビデオ作品もありました。ユニコーンの部屋と言うのがあって、そこにあったユニコーンの映像はとても神秘的で長い時間見入ってしまいました。もう一つ、ここの良い所は見に来ている人が少ないところです。平日の午後に行ったのですが、すれ違った人は3、4人でした。これだと、気になったものを好きなだけ観覧できるのです。サロンのようにソファーがゆったりと置かれている部屋もあるので、ここの空気ものんびり楽しめます。ちょっと剥製のにおいが漂っているところもあるのですけれど、、、。



vol.22
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晴れたり曇ったりの日が続きますが、春はもうすぐ近くに感じられます。庭に出てみると、冬に全滅したと思っていたシブレットがまた伸びていたり,ヒヤシンスが花を咲かせていたり、嬉しい驚きです。 あんなに寒かった冬も乗り越え、花を咲かせるために土の中でどんな準備をしていたのだろうと思うのです。 人の社会と対称的に、自然のサイクルは静かに、力強くまわっている、そんな風に感じる春先です。
最近はなぜか教会や中世の建築、彫刻が気になっています。
きっかけはおそらく、旅先のブルターニュで見た教会です。 風化していい色の教会の中に一歩入ると、暗い印象はなく、静かに積まれた歴史を感じました。今もきれいに花を生けたりして大切にされていました。田舎の小さな町はたいてい教会があってそのまわりに民家や商店が広がっています。教会を中心にした人々の生活があったのだろうなと思います。 最近、デンマークのOrdetというとても美しい映画を観たのですが、この映画のなかではキリスト教における信仰心が大きなテーマになっていました。人が何を信仰するかは時代背景や国によって影響されているかもしれません。現代社会を生きる私たちは少しずつ、昔の“宗教”と言う枠から離れてきているように感じます。でも人それぞれ、日々の生活の中で何か心の支えになるもの、信じているものがあるのではないかなぁと思うのです。私は特に宗教を信仰していないので、そういうことを考えながら観ていたのですが、信じる対象が何であるかということより、純粋に信じるということに力があるのかもしれないと思ったのです。だから、歴史的にそういう心が集まった場所、と言うことで教会に興味が湧いたのかもしれません。
旅をして、いくつかの町を見て回るとそれぞれの町の印象も様々です。戦争で破壊されてしまったところは古い建物があまり残っていません。しかし、新しい建物もこれから時を重ねて行くと思います。長い時をかけて存在し続けたものを目の前にすると、それに今出会えることを嬉しく思います。残ってきたと言うことは残してきた人々がいるわけで、その大切にする心もずっと継続されてきたことになります。町の形はそこに住む人の心の形とも言えるかと思います。
見て悲しいなと感じたのは、戦争の為に作られた建物です。夕暮れ時に通りかかった海辺に灯台があり、近くには古い教会があり、その前になぜかポニーが二頭いました。ムシャムシャと草を食べていて、その姿がどこか神秘的で美しく感じました。少し歩くと、すぐ横に1944年のノルマンディー上陸戦のころに作られた要塞がありました。(よくあるのは分厚いコンクリートでできたものです。)それを見た瞬間、感動していた心も静まってしまいました。その時、ものの形態から伝わるものってあるのだなと実感したのです。何かをつくり上げると言うことは、時間をかけて素材と対話することだと思うのですが、出来上がったものは自然とつくり手の心を語るのです。建築やものに限らず、料理でもなんでも、つくられたものは人の心を伝えるように感じます。





ずいぶんと日も長くなり、日中の日差しは夏っぽくなってきました。うちの庭もそうですが、今年はものすごい勢いで花が咲いたり、草木が伸びたりしています。
雨がザーッと降った後によく晴れていたので、植物にとっては嬉しい天候だったのかもしれません。今年はほとんど野菜を植えませんでしたが、花がものすごくきれいに咲いています。どこかに行く時は手みやげに庭の花を摘んで行きます。ささやかですが、喜んでもらえると嬉しいもので、花の力ってすごいなと思います。そして、料理でもその花の力を感じることができるということを知りました。先日は田舎に行った時にアカシアの花のベニエをつくって食べました。いままで花のベニエといえば、ズッキーニのものくらいでその他には想像もしませんでした。アカシアは蜂蜜でよく名前を目にしていましたが、どんな花か、どこにあるのかも全然知りませんでした。実はパリの街角にも結構あって、写真にも収めていました。甘い香りの花です。 その他にはSUREAUという花(調べてみると、エルダーフラワーでした)の天ぷらも友人の家でいただきました。葉っぱもいっしょに揚げてくれたのですが、体にいい成分がたくさんあると教えてくれました。花を食べるというだけで華やかで特別な気がするのですが、さらに効能があるというと嬉しい、得したような気分になります。
さて、外では花や草木がいきいきとしているのですが、私は写真の制作のために暗室のなかでほとんど時間を過ごしていました。6月27日から始まるMelleという町のビエンナーレのための制作でした。私の靴の写真ポスターに印刷して日本でも売っていただいていたのですが、今回も白背景の構図でポートレイトとして15人の靴の写真を撮り、自分でつくった印画紙に焼くという作業をしていました。あらためて靴というものについて考えたのですが、常に人と地面をつないで世界との接点になっているということ、存在するために最小限必用な面積であるということ、人間にとって象徴的なものだと思うのです。そして、しわや、傷、形などを見ていると、靴に刻まれた日々の時間が甦ってくるようにも思えるのです。ビエンナーレに関わるアーティストとMelleの町に住む人で、特に自然や町に接して働く人をピックアップして写真を撮らせてもらいました。
vol.24